怪しい旅人またも缶ビールに手を伸ばす

今は昔。同じ事を繰り返すだけの毎日に飽き飽きした私はきっぱりと仕事を辞め、何かを求めて旅に出るのだ。見つかるのは素敵な出逢いかはたまた真の自分の姿なのか。          北海道編

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7月吉日 旅に出るのだ

地方の酒販問屋に勤めて早や4年余り。うだる様な夏の日も凍りつく冬の日も酒という酒を運びそして飲み歩いた私は、「これではいかん!、こんな事をやっている場合ではない、私の人生にはもっと別のキラキラした何かがある筈だぞ。この輝く夕焼け雲の向こうにどうしても行かねばならぬ。」と思い立ちこの仕事に見切りをつけてそのキラキラ探しの旅に出る事にした。辞表を叩きつけた時の所長の顔は「あっ、そう」といささか拍子抜けした感じだったが、私が辞めると聞いて本社から専務が思い留まるよう説得に来たときには私も一応認められていたんだなとそのとき初めて知った。でももう今さら遅いのである。すでに私のベクトルはこの夕日の彼方に向いてしまっているのであった。

8月15日(月) 出発まであと少し

仕事を辞めたからといって毎日家でゴロゴロしていてはいけない。昼間から飲むビールは事のほか旨いが旅の準備もしなければならないのだ。旅のあいだは車の中で寝る事になるのだがやっぱりシュラフ(寝袋)は必需品だ。着替えや歯ブラシ・耳掻き・爪切り・缶切りは当然ながら、道路地図2冊と一番大事なお金は郵便貯金の通帳に入れてある。郵便局ならどんなに田舎の町でも必ずあるのでお金を引き出すのに困る事はない。おおっと、はんこを忘れては元も子もない。タカラ缶チューハイを5ケース買うと貰える傘もなぜか手元にあったので積んだし、髭剃りに一眼レフのカメラも忘れちゃいけない。しかし良く考えてみると大した準備は必要なく、ただ部屋の中に転がっているもののいくつかをバッグに詰め込みさえすればそれでよかった。そして肝心要の旅の目的地は前々から憧れの「北海道」に決めていた。

8月22日(月) 晴れ

いきなりですが船上の人になっています。
きのうの日曜日、夕方6時に家を出て8時半敦賀港着。夜11時45分ごろ出港。ゴーッと大きな唸り声を上げてフェリーがゆっくりゆっくり敦賀港を離岸するときは少しばかり感激した。煌く敦賀の街の灯がだんだんちいさくなって行くのを見ていたら「ああ、本当に北海道へ行くんやなあ、もう戻れへん・・・」いう思いが込み上げてきた。
消灯0時半。周りの話し声でなかなか寝付けずにいる。自分と同じように一人旅も少なくないみたいだが、単車のグループやアベックが多い。特にする事もなく誰とも話さず、2等寝台と甲板の間をうろうろ往復する。甲板で見かける女に話しかけられない。北海道へ行って帰って来ても自分が何も変わっていなかったら悲しいなあ。そうなったら今度は世界一周に出るしかない。いや、始めからそんな事でどうする。
さっきから一人でベラベラしゃべっているやつがいる。誰か俺に話しかけてくれ。知ってるやつの一人ぐらいいないのかなあ。

深夜1時半。船の中の高い自販機で並缶を4本も飲んでしまった。
いましたよ、いました。よりによって私に声を掛けて来る女が。もう6時も過ぎたしと夕陽を見に甲板に出ていたら突然、「一人ですか?」と聞かれてしまいました。
「ええ」
「車で?」
「うん」
とかで始まったと思う。
水平線に沈んでいく夕陽と雲が夕焼けで真っ赤に染まるのをデッキの上に二人並んで見ながら1時間ほど話しました。なんと彼女は自転車で北海道を半周するというのです。広島から京都の短大に来ていて来春卒業で。大して美人じゃないけれど特徴のある顔という感じ。
そしてもう7時だから晩飯を食いに行こうと言ったのは私なのに船内レストランのテーブルは別々になってしまいました。私が自分ひとりでさっさと空いているテーブルを探しに行ってしまったからです。
「あ〜あ、まずい事やったなあ。あいつ嫌われたと思ったかなあ。」
と思いながらも食事を終えたのでキョロキョロと周りを見て彼女を探し当て勇気を出して(大した勇気は必要なかったが・・・)彼女のテーブルに私も座りました。
「ああ、やっぱり来て良かった」と思いながら彼女と話をしていると、
「いいかな・・・?」
と私の隣にまた別の女性が座ったのでした。思った通り同じ2等寝台にいた女性です。この人も美人じゃありません。短大の女の子より下です。この人は単車で北海道を走るようです。愛媛から来たそうです。何となく学校の先生のような話口調で愛媛のやくざと映画館の話、私が遊び人に見える事、橋本聖子が3歳のときに補助輪を外して自転車に乗る練習をした事、帯広の何とかいう店に知り合いがいる事、あとは忘れたけどいろいろ話してくれましたが、私に少し説教じみた事を言うし、スーブーで私より年上のようなのであんまり面白くありませんでした。
私はスーブーさんにモテるのでしょうか。8時半ごろまで話をして部屋の前で別れました。

突然部屋でトランプに誘われたので風呂に入る事が出来ませんでした。私を誘ったのはあのおしゃべりな男です。でも声を掛けてくれたのが嬉しくて私もトランプに参加し、セブンブリッジを何回かやりました。おしゃべり男は北九州から来て古いフェアレディZで走るそうです。
明日は早いので夜10時で消灯です。缶ビールを買いに部屋を出て戻ってくると広島の女の子が「写真撮ろう」と言って来ましたので二人でまた甲板に出ました。海は真っ暗です。名前を尋ねたのですが苗字の真ん中が聞き取れませんでした。
 か○と ひろみ
ああ、そう言えば夕陽を見ていたときに海があんまり大きいんで
「広い海と書いて『ひろみ』と読む名前もいいなあと偶然考えていた」
と話したら
「本当?」
と言って笑っていました。
写真を撮ろうとしたら彼女のカメラの具合がおかしくなって二人でああでもないこうでもないと考え込んでしまい、しばらくしてようやく直って一人づつ写真を撮りっこしました。そして撮った写真を送ってもらうために私の住所を紙に書いて彼女に渡しました。確かに彼女は美形とは言えないけれど話をしているうちにとても素直な性格でとてもいい子だなあと思うようになっていました。
あしたは小樽に朝4時半に着くので夜更かしは出来ません。と言いながらもう2時15分です。もう一回小便をしてから寝ます。

8月23日(火) 晴れてとても暑い

朝4時半にフェリーを降りる。
港から出て最初の信号の角で広島のお姉ちゃんが自転車でやってくるのを1時間ぐらい待っていたのだけどぜんぜん来ない。もう別の方向へ行ってしまったのかなと思って国道5号を余市の方へ数キロほど走ったところで、そう言えばゆうべ「またあした」と言って別れた事を思い出した。
「こりゃあ、やっぱり一言挨拶せねばなるめえ」と思いまたフェリーターミナルまで引き返すことにした。案の定、広い駐車場で彼女は一人で自転車を組み立てていた。
ようやく組み立て終わり3つほどのどれも小さめのカバンを自転車に取り付けるのをずっと私は見ていた。彼女は汚れた手を洗い牛乳のパックを2つ買ってきた。にこにこしながら彼女は富良野の方へ行くと言う。30分ほどまた話をして7時に「さよなら」「気をつけて」で別れた。

8時過ぎ。余市の海に面したところに車を止めて写真を撮った。とても暑い。胸から背中からボタボタと汗が流れる。気温は30度を超えているだろう。砂の上に腰を降ろし海を見ながら思った。今頃彼女は汗だくに違いない。
余市町内の喫茶店で北九州ナンバーのフェアレディZを見つけ店に入った。フェリーで同じ部屋にいた美しい外人も一緒だった。
9時半。アリスファームに到着。ここはいつも読んでるBE-PALによく出てくるんだけど案外大した事ない。白い建物が二つあって、ひとつはみやげ物屋とレストラン。もうひとつは羊小屋。たったこれだけ。手作りらしいみやげ物は毛糸にしろ木箱・Tシャツ・ジャム・コーヒーカップなどみんな値段が高い。見るものもない。

12時。積丹岬。入舸までの道はとても走りやすいものだった。背の低い木で覆われた周りの山もなんだか感じが良かった。
12時40分。やっぱり40分かかった。神威岬の歩道は素晴らしい眺めで感動した。真っ青な空と海、緑の草。不思議な事に沖縄の景色に似ていると思った。岬の下の「食堂うしお」はひどい。値段は高いし、ネエちゃんは無愛想でおまけに店の中がハエだらけだ。丼と箸を持つ左右の手にハエが止まりどちらを先に追い払うべきか考え込んでしまった。
R229を東へ走り古平から神恵内に向かう。ほとんど直線の道、そして極々緩やかなカーブ。自分の前にも後にも車はない。対向車にも時々出会うくらいで自分のペースで気分よく走れる。とても600メートルも登ってきたとは思えない当丸峠。北海道は本当にスケールが違うと感じた。峠のパーキングで小休止。

夕方5時。泊村。さてどうしようか。
7時。岩内。風呂屋を探す。7時50分風呂から出る260円。岩内にコインランドリーはないらしい。
8時半。ラーメン480円。あとは寝場所を探すだけだな。防波堤にぴったりと車をつけて10時過ぎに寝る行き先は風まかせ

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